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[13]実現しつつある「量子コンピューター」

立命館大情報理工学部教授 山下茂氏
情報科学最前線 図

 10年前に何十万円も出して購入した大きなパソコンよりも、現在数万円で購入できる手のひらサイズのスマートフォンの方がずっと計算性能が高いということからも、コンピューターの性能は年々飛躍的に向上していることは明らかです。

 コンピューターの性能向上には、コンピューターの論理動作の最小単位であるトランジスタと呼ばれる構成要素をより小さく設計することが大きく寄与してきました。しかし、トランジスタはもうこれ以上小さくできないという限界まで小さくなってきており、今後はコンピューターの性能はこれまでのように向上しないと考えられています。

 一方、インターネットの普及や情報処理技術の発展により、今まで以上に大量のデータを用いて、大量の計算を行う需要が今後ますます増えると考えられています。そこで、計算性能のさらなる向上のために、全く新しい方式のコンピューターの研究が行われており、その中で現在最も注目されているのが、「量子コンピューター」と言えるでしょう。

 量子コンピューターを理解するためには、実生活では体験できないミクロな世界の物理を記述する「量子力学」の基本を理解する必要があります。例えば、電子の「スピン」といわれる状態には、上向きと下向きと呼ばれる二つの状態がありますが、量子力学では、上向きか下向きかのどちらとも確定していない不思議な状態となることが許されています。この不思議な状態は「量子重ね合わせ状態」と呼ばれ、「観測」して初めてどちらかの状態に確定します。

 現在のコンピューターでは、例えば、電圧の高・低といった二つの物理量を0と1に対応させて情報として記憶します。0か1かの情報1桁分を1ビットと呼びますが、4ビット分のメモリーがあると「0001」とか「0101」とかの列を“どれか一つだけ”同時に記憶することができ、その4ビットに対して演算を行うことができます。

 一方、四つの電子のスピンの「量子重ね合わせ状態」が利用できる場合はどうなるでしょうか?電子のスピンが上向きか下向きの状態をそれぞれ0と1に対応させると、一つの電子のスピンの量子重ね合わせ状態は0と1の情報を同時に格納していると考えることができます。そのため、四つの電子のスピンの状態により、「0000」、「0001」、「1111」といった16(=2の4乗)通りの状態を“すべて”同時に記憶していると考えることができます。

 実際、量子コンピューターは、量子的な状態の操作により、この16通りすべての状態に“同時並列的に”演算を行うことができます。もし、100個の電子スピンの状態が制御できれば、2の100乗という現在のコンピューターでは到底扱えない膨大な情報を同時に扱うことが可能となります。

トランジスタの限界超える新方式

 ただ、われわれ人間が膨大な可能性のある量子重ね合わせ状態のうちから欲しい情報を取り出そうとしても、観測によってそのうちのたった一つの状態しか得られません。また、観測結果は全くランダムなため、何も工夫しないと量子コンピューターの計算結果はそもそもあてになりません。つまり、量子重ね合わせ状態を利用するだけで、現在のコンピューターが行っているすべての種類の計算を容易に高速化できるというわけではありません。

 実際、現在実用化されている小規模な量子コンピューターは、特殊な量子的な操作をうまく利用することによって、ある種の探索問題だけを現在のコンピューターよりも高速に解いているだけだとも言えます。

 最近、多くの企業が数年のうちに50~100量子ビットの量子コンピューターを実用化するとアナウンスしています。その規模の量子コンピューターが実用化されると、スーパーコンピューターでも計算できないような問題への応用で、実際に量子コンピューターが大活躍するだろうと考えられています。

 筆者らは、そのような量子コンピューターが登場することを期待しながら、量子コンピューターの効率的な設計・利用の方法を情報科学の分野からの視点で研究を行っています。

やました・しげる

 1970年生まれ。95年京都大工学研究科修士課程修了。京都大学博士(情報学)。新しい計算機構に関する研究などに従事。NTTコミュニケーション科学基礎研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て2009年より立命館大情報理工学部教授。丸文学術賞など受賞。

【2018年04月25日掲載】