The Kyoto Shimbun
取材ノートロゴ

障害者への強制不妊手術 被害者救済 国に責任

滋賀北部総局 森敏之
1972年2月22日決裁の滋賀県優生保護審査会文書。国の通知に反して審査会を開かず、持ち回り審査を行っていたことが分かる
1972年2月22日決裁の滋賀県優生保護審査会文書。国の通知に反して審査会を開かず、持ち回り審査を行っていたことが分かる

 障害などを理由に旧優生保護法に基づいて京都府内と滋賀県内で強制不妊手術を受けさせられた少なくとも377人のうち、当時の公文書が廃棄されて最大で9人しか個人を特定できない状態になっている問題を、1月26日付朝刊1面で報道した。誤った法律をつくり推進した国会と政府は、「被害の証拠」が失われた現実を踏まえ、救済方法を探るべきだ。

 同法は議員立法で1948年に成立した。遺伝性の複数の病気や遺伝性でない精神疾患、知的障害を「不良」と位置付け、本人の同意なく生殖能力を奪うことを合法化。厚生労働省に残る統計では、49〜92年に最低でも1万6475人が断種させられた。

 15歳で不妊手術を強いられた宮城県の60代女性が先月、国に損害賠償を求める全国初の訴訟を起こし、優生思想に基づく戦後社会の暗部に関心が集まっている。同法は96年に廃止されたが、大切な二つの点を確認しておきたい。

 第一に、被害者は今も存命で自らの存在を否定された喪失感が強く、被害回復は現在の課題ということだ。厚労省は「当時は適法だった」との従来の姿勢を転換し、被害者と向き合う必要がある。

 20年前に被害を名乗り出た同県の70代の飯塚淳子さん=仮名=は「子どもを産めなくされ悔しくてならない。福祉が私の人生を奪った。優生保護のことが頭から離れません」と嘆く。手術記録を県に廃棄され、訴訟の原告にはなっていない。「年を重ねて足腰は弱り、疲れ果てた。国はせめて謝罪と補償をしてほしい」と訴える。魂の叫びだ。

 海外でも同様の施策は行われていた。スウェーデンは97年に優生手術を廃止、2年後に法律をつくり謝罪と補償に乗り出した。一方、日本の国会と政府は法の廃止後も20年余り、救済を怠ってきた。被害者は差別と偏見を恐れて声を上げられず各地で孤立している。いつまでも苦しみを放置し続けるのは不誠実だ。

 第二に、国は都道府県や公文書館と協力して行政文書を掘り起こすとともに、強制不妊手術の適否を決めた都道府県優生保護審査会の審査委員や指定医、医療機関、福祉施設から聞き取り調査を行い、運用実態を検証すべきだ。

 厚労省は「優生手術は厳正な手続きで行われた」とするが、滋賀県に公文書が残る4年度分の審査会のうち半数で、国の通知に反して持ち回り審査が行われていた。再審査の申請や提訴の仕組みがあったのに、手術を拒む被害者や家族に伝えていなかったずさんな一面も判明している。

 訴訟弁護団長の新里宏二弁護士は「国も間違うことはある。だが、被害があったら救済するのが当然」と語る。個人の産み育てる権利を国が奪うのは人権侵害だ。国会と政府は裁判所に判断を丸投げせず、自らの責任で被害者全員に補償する仕組みづくりを急いでほしい。被害者は高齢で残された時間は多くない。

[京都新聞 2018年2月21日掲載]

▼前の記事取材ノートからTOP次の記事▲

各ページの記事・写真は転用を禁じます
著作権は京都新聞社に帰属します
ネットワーク上の著作権について―新聞・通信社が発信する情報をご利用の皆様に(日本新聞協会)
電子メディアおよび関連事業における個人情報の取り扱いについて
京都新聞
京都新聞TOP