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(23)継ぐ

 通勤時間は車で約40分。古里の南丹市美山町で米作りをする農業東智也さん(44)は園部町横田の自宅から通い、米5ヘクタール、黒豆や白大豆など5ヘクタールを耕作する。東さんは「明日の作業を考えながら夕方に帰る。『通勤』は気持ちがリセットできて、ちょうどいい」。

 南丹市内で20年以上、消防士として勤務した後、2015年に就農した。1年目は耕作放棄地で、雑草が凍る2月に田んぼを耕すことからスタートした。今は京都市や大阪市内の飲食店を中心に米を直売する。「美山のお米はブランド力がある。売り先は知人の紹介で広げ、米が足りないほどの人気です」。作付面積は最低50ヘクタールを目指す。

次代へ「水田通い」続々

消防士から転身して大規模な米づくりをする東さん(南丹市美山町安掛)
消防士から転身して大規模な米づくりをする東さん(南丹市美山町安掛)

 Uターンして就農

 昨年からは美山町小渕の農業齋藤ろくさん(38)がUターンし、東さんの農機具を借りるなどして米や豆類の栽培を始めた。愛媛大農学部を卒業後、愛媛県の農業法人で働いていたが「親が非農家なので田んぼも道具もなかった。東さんのおかけで、小さい頃からお世話になった古里で仕事ができる」と喜ぶ。

 府南丹広域振興局によると、丹波2市1町の近年の新規就農者は毎年、十数人で推移している。美山町では京都市から通って米作りをする人もいる。

水を張った水田で打ち合わせをする農業生産法人塞翁が馬のメンバーたち(同町福居)
水を張った水田で打ち合わせをする農業生産法人塞翁が馬のメンバーたち(同町福居)

 「畑違い」からの参入

 美山町福居の農業生産法人「塞翁(さいおう)が馬」。若者向け洋服店「スピンズ」を展開する「ヒューマンフォーラム」(京都市中京区)が、店舗で働く従業員の「自給自足」を目指して立ち上げた農業法人だ。今は美山町で無農薬の米を作り、京都市内のカフェで販売している。農作業を担う吉村勝郎さん(36)と雫耕輔さん(41)は京都市から通い、週の半分は美山町に泊まって作業にあたる。雫さんは「アパレルで働いてきて転勤で農家になった。『畑違い』で初めは戸惑ったけど、やりがいを感じる仕事で楽しい」と満足する。

 無農薬栽培のため、冬場も田に水を張って雑草の繁茂を抑え、雑草に負けないくらい大きく育てた苗を植える。栽培した大豆で味噌を作る計画もある。スピンズの店員も田植えや草刈り作業をする研修に訪れる。同法人リーダーの井垣敦資さん(39)は「東京の池袋で育って水田を見たことがない店員もいる。カルチャーショックを受けながら、作業を通して生きる力を養う。米や味噌を販売することで丁寧な暮らし方を提案し、都会と田舎の循環につなげたい」と思い描く。

トラクターで農地を耕す用澤さん(同市八木町船枝)
トラクターで農地を耕す用澤さん(同市八木町船枝)

 週末田舎暮らしを

 水田を通じて、若者が都市部の住民を呼び込む取り組みも南丹市八木町船枝で始まる。20~30代の女性3人による地域活性化プロジェクト「やぎ地立計画」。「地域にパン屋を作ろう」と小麦栽培を始めたのをきっかけに使われていなかった農地を開墾し、昨年、知り合いの農家に余っていた黒米を植えた。名付けて「なりゆき農園」。黒米は手植えして無農薬で育て、収穫後は稲木で天日干しした。メンバーの用澤菜奈子さん(24)は「稲木干しをしたら、農村の風景をつくった、と感動した。近所の人から米の育て方を教わり、コミュニケーションも生まれている」とほほえむ。

 今年は赤米や緑米も植えて、田植えや草取りなどの農作業体験者を募る。用澤さんは「週末に田舎暮らしをしたい人が集まり、ゆったりとした時の流れを感じながら、ゆるくできたら」と話す。

 大規模農家も、洋服店員も、都市住民も田んぼに通う。平成から令和へ、米作りを受け継ぐ。水田に軽やかな新風が吹き始めている。=おわり

【2019年04月21日掲載】