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秋吉恵氏 被災地集落の営み積み重ね

秋吉恵氏 あきよし・めぐみ 1966年生まれ。専門は南アジアと日本の農山漁村での社会福祉開発。味の素研究員、インドでの獣医師活動などを経て現職。震災被災地に学生を同行した調査研究も。


 岩手県釜石市箱崎半島。先端に近い白浜集落の白浜小学校に「石垣の里」という学校新聞があった。小学生や先生、集落住民が書き、小学生が一軒一軒に配達する新聞だ。1981(昭和56)年の第1号から2009(平成21)年の第243号まで、約2200ページが発行された。
 子どもが減っても地域住民が書き手の項目を増やし、号を重ねた。小学生が描く学芸会や海釣り大会の様子、集落について考えたことに加えて、大人たちによる子どもたちが安全に遊ぶための環境整備や、暮らしの質を高める提案などが掲載された「石垣の里」。これらは地域に起こる無数の「ちいさな」問題への地道な取り組みの記録なのだ。
 過疎による学校閉校から2年半。2011年9月、ボランティアの学生たちと私は石垣の里にいた。東日本大震災から半年が過ぎていた。
 震災の日。大きな揺れの後、漁師たちは坂を下って海を見に行き、波と戦った。家を失った住民たちは高台に残った小学校の体育館で夜を過ごし、ヘリコプターで救出された。
 訪問した9月。集落で唯一買い物できるプレハブの佐々栄商店に、住民たちは集まっていた。釜石の仮設住宅から毎日通い、店を開く育子さんとのおしゃべりが楽しみだった。
 佐々栄でお茶っこしながら、私もおしゃべりに混ざる。白浜集落の歴史や神社のお祭りの様子、アワビの資源管理の仕組みや、ホタテの養殖や定置網漁の難しさと面白さ。「やってみっか?」と漁師のヒロくんに誘われて、夜の10時からホタテの耳吊(つ)り(養殖用のロープに稚(ち)貝を引っ掛ける作業)に励み、夜明けの海に出ていく船を見送った。
 白浜の住民たちは、東日本大震災による甚大な被害という「大きな」問題を、プレハブ商店の運営や、ホタテ養殖の継続、秋祭りの遂行など、自分が引き受けられる無数の「ちいさな」問題として地道な努力を積み重ねることによって、解決しようとしている。
 震災前に発行されていた学校新聞「石垣の里」を読み返し、日々の営みこそが集落を維持していく大きな力になることが、あらためて理解できたように思う。
 被災地にボランティアに赴く学生たちは、彼ら自身の地元で祭礼などをはじめ、地域と十分に関わりがつくれているだろうか。復興に向け、震災前に当たり前だった暮らしを取り戻そうとしている人々の姿は、実は少子高齢化に悩みながら暮らす京都の人々とも重なるのではないか。
 どこであれ、住民と関わる経験が学生たちの力を育てる。そう信じ、彼らを明日も地域へ連れ出そう。

(立命館大共通教育推進機構准教授)

[京都新聞 2019年02月22日掲載]