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戦火くぐり残った写真

 第1次世界大戦後、大勢の日本人が「南進」の国策の下、日本が委任統治していた南洋群島へ渡った。パラオに移り住み、第2次世界大戦の戦火をくぐって引き揚げた後、夫の実家がある滋賀や京都で暮らした高橋(旧姓・諸永)シゲ子さん(1912~2004年)もその1人。命からがらの帰還時も携えた写真は、移民社会やパラオの人たちの姿を伝える。遺族の四男高橋正則さん=城陽市=は「関係者が分かれば差し上げたい」と手掛かりを求めている。高橋正則さんのメールアドレスはat-taka@nifty.com

結婚前か

写真館を営むつるの氏を頼りにパラオへ渡った高橋シゲ子さん(左)。パラオ人とみられる右の女性の肖像写真は他に2枚あり、つるの氏が撮影している。パラオでは、日本からの移民とパラオ人の距離が近かったとされる。
写真館を営むつるの氏を頼りにパラオへ渡った高橋シゲ子さん(左)。パラオ人とみられる右の女性の肖像写真は他に2枚あり、つるの氏が撮影している。パラオでは、日本からの移民とパラオ人の距離が近かったとされる。
パラオ人男性(前列)、日本人とみられる腰みの姿の男性たちと写るシゲ子さん。
パラオ人男性(前列)、日本人とみられる腰みの姿の男性たちと写るシゲ子さん。
左はシゲ子さん。つるの氏撮影。
左はシゲ子さん。つるの氏撮影。
左はシゲ子さん。つるの氏の写真館で撮影されたとみられる。
左はシゲ子さん。つるの氏の写真館で撮影されたとみられる。
シゲ子さん(前列)は結婚前、診療所で助産師を手伝った。正則さんの記憶では、後列中央の女性は「診療所の同僚で沖縄出身の新里さん」と話していた。
シゲ子さん(前列)は結婚前、診療所で助産師を手伝った。正則さんの記憶では、後列中央の女性は「診療所の同僚で沖縄出身の新里さん」と話していた。
後列左はシゲ子さん。前列右は「新里さん」。
後列左はシゲ子さん。前列右は「新里さん」。

結婚後の暮らし

シゲ子さんと次三郎さんがコロール島で営んだよろず屋「ずぼらや」。「氷」ののれんが下がる。パラオ人を雇ったといい、写真にも複数のパラオ人が写っている。
シゲ子さんと次三郎さんがコロール島で営んだよろず屋「ずぼらや」。「氷」ののれんが下がる。パラオ人を雇ったといい、写真にも複数のパラオ人が写っている。
卓上に果物が並び、パラオの豊かさを伝える。 右から2人目はシゲ子さん。たむら氏撮影。
卓上に果物が並び、パラオの豊かさを伝える。右から2人目はシゲ子さん。たむら氏撮影。
床の間や違い棚のある座敷に着物姿で集う人たち。コロールには料亭や旅館が何軒もあったという。左から3人目がシゲ子さんの夫、次三郎さん。
床の間や違い棚のある座敷に着物姿で集う人たち。コロールには料亭や旅館が何軒もあったという。左から3人目がシゲ子さんの夫、次三郎さん。

人々

海を望む戸外でレコードを楽しむ女性たち。
海を望む戸外でレコードを楽しむ女性たち。
三輪車で遊ぶ子どもたち。
三輪車で遊ぶ子どもたち。
つるの氏撮影。
つるの氏撮影。
ジュゴン(手前)はパラオでは当時、食料にもされたという。
ジュゴン(手前)はパラオでは当時、食料にもされたという。
パラオの少女。
パラオの少女。

社会

紀元2600年の記念事業として1940年、コロールに創建された官幣大社 「南洋神社」。写真の裏には42年の「検閲済」の印が押されている。
紀元2600年の記念事業として1940年、コロールに創建された官幣大社「南洋神社」。写真の裏には42年の「検閲済」の印が押されている。
南洋神社の鳥居前で記念写真に収まる人たち。
南洋神社の鳥居前で記念写真に収まる人たち。
パラオではさまざまな宗教の関係者が活動した。各地に神社があり、真宗大谷派や天理教は布教の拠点を置いた。
パラオではさまざまな宗教の関係者が活動した。各地に神社があり、真宗大谷派や天理教は布教の拠点を置いた。
幼児を抱く女性ら。シゲ子さんは「パラオでも健康優良児の表彰があった」と話していたという。(1936年前後か)
幼児を抱く女性ら。シゲ子さんは「パラオでも健康優良児の表彰があった」と話していたという。(1936年前後か)
戦時色が濃くなり、これ以前の撮影とみられる。1つ上の写真にはなかった日独伊三国や満州国の国旗が会場に下がる。式次第には皇居の方向に向かって敬礼する「宮城遙拝」の字がうかがえる。(1940~44年)
戦時色が濃くなり、これ以前の撮影とみられる1つ上の写真にはなかった、日独伊三国や満州国の国旗が会場に下がる。式次第には皇居の方向に向かって敬礼する「宮城遙拝」の字がうかがえる。(1940~44年)
パラオの伝統的な集会所「アバイ」。破風板には現地の神話や伝説が彫刻と絵で表現される。下部に「コロール」「昭和」の日本語が見える。アバイは各地にあったが、第2次世界大戦に巻き込まれて激減したという。
パラオの伝統的な集会所「アバイ」。破風板には現地の神話や伝説が彫刻と絵で表現される。下部に「コロール」「昭和」の日本語が見える。アバイは各地にあったが、第2次世界大戦に巻き込まれて激減したという。
【2018年8月8日掲載】