インデックス

出席者

府立植物園長
松谷 茂さん
まつたに・しげる 京都大大学院で森林生態学を専攻。4年前から園長。「園長さんとの気まぐれ散歩」やライトアップなど新企画で入場者数を伸ばす。
比較文学者
光田 和伸さん
みつた・かずのぶ 国際日本文化研究センター准教授(古典文学)。著書に『恋の隠し方―兼好と「徒然草」』『芭蕉めざめる』など。
日本画家
森田 りえ子さん
もりた・りえこ 四季の花や女性像を得意とし、川端龍子大賞展大賞などを受賞。京都迎賓館に作品制作。金閣寺方丈の杉戸絵、客殿天井画を描く。
歴史学者
高木 博志さん
たかぎ・ひろし 京都大人文科学研究所准教授(日本近代史)。著書に『近代天皇制と古都』『近代京都研究』(共編著)など。
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(上)和の文化と心 彩る桜

騒ぐ花見 皮肉の眼

 −吉田兼好は「徒然草」で桜、桜と騒ぐのを皮肉っている。

 光田 実は兼好は桜見が大好き。ただし、「花は盛りに 月は隈なきをのみ見るものかは」と、満開の時だけ騒ぐことに苦言を呈している。雲に隠れたからと見捨てず、雲の向こうに満月があると思って見るのが人の心だと。鎌倉から室町期にかけ、京には地方から人が集まってきた。彼らは集団で一番きれいなときを見て酒を飲んで騒いで帰って行く。それに異議を唱えた。

 高木 西行の「花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎(とが)にはありける」という歌もあります。

 光田 花見だと言って、集団で人がやってくる、それだけが桜の罪だと言っている。能の「西行桜」では、桜の精が出てきて「私たちのどこが悪いの」と質問する情景がある。

 −西行では「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらきの望月のころ」という歌も日本人は好き。今でも漫画などで若い世代にも受け継がれている。

 森田 分かりやすいからでしょうか。もののあはれ、はかなさとか、全部詰め込まれていて。それに花と望月は映像的に美しい。

 光田 ただ、現実の光景ではない。あの時代、旧暦2月15日に桜が咲くはずがない。弥生の下旬に咲く。あれは、釈迦(しゃか)の入滅が如月の望月のころ、沙羅双樹(さらそうじゅ)の下だった。それで、仏様と同じように花の下で死にたいと言っているのだと思う。満月が桜の満開を照らすことは古典の常識ではあってはならない。伝統美では、満開のヤマザクラの上にあるのは有明の月。桜は自らの明るさで輝く。蒔絵(まきえ)などでも桜の上に細い月が美しい。

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