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生殖補助医療で生まれた子 「出自知る権利」保障を

文化部 中村幸恵
AIDで生まれた子どもに事実を告知する方法などを紹介する冊子。告知は出自を知る前提となるが、これまではAIDで生まれたこと自体、秘匿にすべきことと考えられてきた
AIDで生まれた子どもに事実を告知する方法などを紹介する冊子。告知は出自を知る前提となるが、これまではAIDで生まれたこと自体、秘匿にすべきことと考えられてきた

 匿名の第三者からの精子提供による非配偶者間人工授精(AID)で生まれた人たちが、「出自を知る権利」の保障を訴えている。大人になってAIDで生まれたと知り、事実を隠されてきたことへの不信感から親子関係が崩れた人もいる。卵子提供や代理母出産の実施例も出ている中、「自分は何者か」と苦悩する子どもはさらに増えるだろう。子どものアイデンティティー確立のために出自を知る権利を認めるべきだと思う。

 「どんな人から生まれたかを知ることができず、埋めることのできない大きな欠損を抱えたまま生きていかないといけない」。AIDで生まれた関西在住の60代女性は、ルーツに確信を持てない苦しさを背負い続けている。

 精子提供者は、日本産科婦人科学会のガイドラインでプライバシー保護のため匿名と規定されている。女性の場合は例外的で、31歳で親族の男性からの精子提供で生まれたと分かった。しかし、直接経過を聞けないまま男性は他界。事実を隠しているため、他の親族とも疎遠になった。女性には子どもがおり、「DNAの半分が違っていたと知らずに次の世代につないだことを恐ろしく感じた」という。

 一方、出自を知る権利は匿名を前提としたAIDの在り方を揺るがし始めている。1948年に国内初のAIDを実施し、現在も数多く手掛ける慶応大病院では、昨年から精子提供者に出自を知る権利を詳しく説明するようになったところ、提供者が減少。今年8月に新規患者の予約受け付けを停止する事態に至った。

 説明を始めた理由について、同病院は「世界的な傾向として権利が重要になっている」とする。将来、法的に提供者の個人情報を開示せざるを得ない状況が起こりうることも伝えており、「法的問題が生じるリスクを受け入れてまで協力いただくことが難しくなった」という。

 権利を認めた場合、遺伝上の父と法律上の父の「2人の父」の存在が明確になり、親子関係の安定性を崩す法的問題が浮上しやすくなる可能性がある。夫の同意なくAIDを行った妻の子どもに対し、夫が血縁がないために父子関係を否認した場合、子どもが提供者に血縁があることを理由に認知の訴えをする。あるいは独身女性が精子提供で出産後、提供者に認知を求めることなどが想定される。

 立命館大の二宮周平教授(家族法)はこうした問題を認めながらも、憲法13条に規定されている「個人の尊厳」が、アイデンティティーを含む人格の尊重を意味していることから、出自を知る権利を法的に位置付けることができるとする。また、AIDで生まれた人たちが事実を隠してきた親に裏切られたとの思いを抱いていることなどから、「信頼に基づく安定的な親子関係を築くためにも権利を保障するべき」とする。

 世界で初めて出自を知る権利を認めたスウェーデンでは、提供者が減少したが、その後一定水準まで回復した。権利が浸透し、精子提供が命の誕生に関わる尊い行為であるとの認識が広まったためとみられている。二宮教授は「権利の保障は、提供者が自分の存在を明らかにして子どもの成長を見守ることになる。それは提供者の責任でもあり、子どもの安心につながる」と話す。

[京都新聞 2018年10月10日掲載]

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