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祇園祭の厄よけちまき 確保困難な現状に関心を

報道部 太田敦子
ちまき作りを習い一本一本丁寧に巻いてゆく月鉾保存会の女性たち(京都市下京区)
ちまき作りを習い一本一本丁寧に巻いてゆく月鉾保存会の女性たち(京都市下京区)

 祇園祭の長刀鉾に乗る稚児と補佐役の禿(かむろ)が今月初め、決まった。祭りが始まる7月を前に、他の山鉾町でもさまざまな準備が進む。宵山などに授与される「厄よけちまき」の支度もその一つ。のしを巻くなどの仕上げを待つちまきが会所の一室に並べられているところもある。

 今、そのちまきが危機的な状況にある。「皆さんに渡すために必要な数を手に入れるのが、年々難しくなってきている」。月鉾保存会の斎藤政宏理事長が近年の傾向を憂う。何が起きているのか。

 ちまきの原料はイネ科植物のチマキザサ。京都市左京区の花背や久多に自生するものが祇園祭のちまきに使われてきた。異変が起きたのは2004年。60年に1度といわれる「一斉開花」現象が起きた後、07年ごろまでに一帯のササはほぼ全て枯死した。

 それから約10年。枯れる前に落ちた種子が無事に発芽していれば新たな世代のササが使える頃だが、「鹿の食害や生育に適した土地の減少によって新たなササが育たなくなっている」。チマキザサの保全に携わる京都大農学研究科助教の貫名涼さん(30)が指摘する。

 京都市も状況を把握し、防鹿柵で囲った場所を作るなどの対策を続けている。柵の中ではササが順調に育っているが、数には限りがある。代わりに近年は宮津市で刈ったササを花背に運び、そこで選別、乾燥させた上で北区の上賀茂などにいる作り手の元に届ける方法が主に取られているという。

 原材料となるササが確保できても、ちまき作りは分業制のため、次は作り手の減少という壁が立ちはだかる。「巻いてくれる人が高齢化して、『いつまでできるか分からない』という雰囲気が出てきました」。月鉾でちまき作りに携わる女性が語る。月鉾では女性たちがササの巻き方や束ね方を習い、自らちまきを作る。「やってみると大変さがよく分かりました」。一定数を確保するため、追い込みの時期は週末などに朝から夕方まで作業が続く。

 「毎年必ずあるのが当たり前になっていて、ちまきがどのように作られているか、原料はどこで育っているのかということまで知ろうとする人は少ないのでは」。自身も囃子(はやし)方を務める貫名さんは、ちまきへの関心の薄さを嘆く。

 祇園祭の起源は各地の天変地異や疫病流行を受けて869年に行われた「御霊会」とされる。厄よけちまきは疫病退散を願い祭りを始めた昔の人たちの思いにも通じる存在だ。今年は祇園祭の創始から1150年。100年後も今と変わらずちまきが家々の軒先を彩る風景を見るためには、産地と作り手、そして各山鉾町や消費者までをも巻き込んだ協力や連携も必要ではないだろうか。祭りに欠かせない風物詩に思いを寄せ、節目の年の祭りを伝えたい。

[京都新聞 2019年6月12日掲載]

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